試合中の死亡事故


[記事公開日]2012年03月10日
[最終更新日]2016年05月10日

試合中に亡くなった選手、またはプレー中に死に至るような重大なダメージを受け後に亡くなった選手等の中から原因となったシーンが収められている動画があるものを掲載しています。
年代順。( )内は晩年の所属チームと国籍。
サッカー選手の試合中&練習中の死亡者リスト(wiki-英語)

Cătălin Hîldan(ディナモ・ブカレスト、ルーマニア)

2000年10月5日、FCオルテニツァとの親善試合の後半29分に突如ピッチに倒れ心停止で亡くなった。享年24。

Serhiy Perkhun(CSKAモスクワ、ウクライナ)

2001年8月19日、FCアンジ・マハチカラとの試合中に相手フォワードと頭同士が激しく衝突。
この衝突で試合は中断し、救急車で病院に運ばれたが診断結果は鼻の骨折という事ですぐに退院した。しかし空港に向かう最中に意識不明に陥り、試合から9日後の28日に脳内出血で亡くなった。享年23。

衝突シーンは1:50過ぎ。

マルク=ヴィヴィアン・フォエ(マンチェスターC、カメルーン)


2003年6月26日、FIFAコンフェデレーションズカップ2003準決勝のコロンビア戦の後半27分心臓発作で倒れピッチ上で亡くなった。享年28。
所属クラブであったマンチェスターCは背番号23番を欠番し、スタジアムにはフォエのメモリアルが作られた。

ミクローシュ・フェヘル(ベンフィカ、ハンガリー)


2004年1月25日、ヴィトーリア・ギマランイスとの試合で後半15分に途中出場した後、彼のプレーが遅延行為とみなされイエローカードを提示されたフェヘルは苦笑いを浮かべピッチに崩れ落ちた。心停止だったが一度は脈拍と呼吸が回復した。しかし搬送先の病院で亡くなった。
享年24。彼の死を受けベンフィカの背番号29番は欠番になっている。

セルジーニョ(サンパウロ、ブラジル)


2004年10月27日、試合中後ろにもたれ掛かるようにして倒れ病院に搬送されるも治療の甲斐なく亡くなった。享年30。

Cristiano Júnior(Dempo S.C.、ブラジル)


ブラジル出身のCristiano Júnior選手。2004年12月5日死亡。享年24。
インドのIリーグ所属のDempo S.C.の選手だった。




アントニオ・プエルタ(セヴィージャFC、スペイン)


2007年8月25日、2007-2008シーズンのヘタフェCF戦で前半35分にピッチ上で突然意識を失った。
その後、意識を取り戻し立ち上がりロッカールームへ向かったが再び倒れ、セビージャ市内の病院に搬送された。ICUでも意識を取り戻しては心肺停止になり脳へのダメージが響き3日後の28日に亡くなった。享年22。
セヴィージャFCのホームスタジアムでは現在でも彼の背番号になぞらえた前半16分に必ず、プエルタの応援歌が歌われている。

フィル・オドネル(マザーウェル、スコットランド)


2007年12月29日、ダンディーユナイテッドFC戦で先発出場し5対2でリードして向かえた後半33分に交代を告げられ退場しようとしたところ突然倒れ、約5分間ピッチで治療を受けた。
その後、救急車で病院に運ばれるが意識が戻らず亡くなった。享年35。

フルボイェ・チュスティッチ(サダル、クロアチア)


2008年3月29日、クロアチアサッカーの第一部試合ツィバリヤ戦の試合中にピッチに隣接した壁に衝突し昏睡状態になり入院中だったが、5日後に亡くなった。享年25。


Jumadi Abdi(Bontang FC、インドネシア)

2009年3月15日死亡。享年26。
3月7日の試合中に起こった事故により集中治療室で8日間治療を受けたが伝染病で死亡した。

エンデュランス・イダホー(アル・メレイフ、ナイジェリア)

2010年3月6日死亡。享年25。
スタジアムから病院に向かう車中で心肺停止。

ピエルマリオ・モロジーニ(リヴォルノ、イタリア)

2012年4月14日セリエB第35節のぺスカーラ×リヴォルノの前半31分にピッチに倒れた。すぐさま試合を中断しAEDによる治療が行われたが、回復することなく亡くなった。
モロジーニはセリエAのウディネーゼからセリエBのリヴォルノにレンタル移籍しており、元U-21イタリア代表の選手だった。享年25。

選手名不明(-、-)

2014年9月14日にインド東部の町で行われた試合で、選手が同点ゴール後のパフォーマンスとしてバク宙をするも失敗。首から落下し脊髄を損傷した。
その後、病院で入院するも様態が悪化し19日に死亡した。享年23。

エマニュエル・オルテガ(サン・マルティン・デ・ブルスカ、アルゼンチン)

2015年5月3日、アルゼンチン5部リーグのサン・マルティン・デ・ブルスカ×フベントゥ・ウニダの一戦で、サイド際で相手選手のショルダーチャージを受けて頭から壁に激突。
この激突で頭蓋骨骨折の重傷を負い昏睡状態が続いていたが、11日後に死亡。享年21。

クリスティアン・ゴメス(アトレティコ・パラナ、アルゼンチン)

2015年5月24日、アルゼンチン2部のアトレティコ・パラナ×ボカ・ウニードスの試合中に失神してピッチに倒れた。30分後の搬送中に死亡。享年27。

パトリック・エケング(ディナモ・ブカレスト、カメルーン)

2016年5月6日、ルーマニア1部リーグのディナモ・ブカレストに所属するカメルーン代表MFパトリック・エケングが、試合中に突如倒れて帰らぬ人となった。この試合では後半の63分に途中出場、7分後の事だった。死因は心臓発作とみられている。享年26。

詳細不明

一部で死亡説なども飛び交っている動画。詳細が分かり次第記述しています。

1969年2月11日生、アルジェリア出身のAbdelhafid Tasfaout選手。
動画はマリで行われていた2002年アフリカネーションズカップの試合。
この試合で生命の危機を及ぼすような頭部外傷を受けたが、すぐに救急車で病院に運ばれた事もあり最悪の事態は免れた。


サウジアラビア出身のAbdulrahman Al-Shoaibi選手。
持病である舞踏病の発作によるものとみられている。
命に別状は無く次の試合には出場した。

セグンダ・ディビシオン(スペイン2部)に属していたUDサラマンカのミゲル・アンヘル・ガルシア・テバル 。
2010年10月24日、ホームでのレアル・ベティス戦(0-3)の57分に、心停止により突然グラウンドに倒れた。両クラブのチームドクターによって心臓マッサージや自動体外式除細動器(AED)を用いた蘇生措置が取られ、安定した状態でスタジアムから運び出されてサラマンカ大学病院で検査を受けた
その後、しばらく入院して退院したものの現役を続けることは難しく引退する事を余儀なくされた。

2008年8月29日、ドイツ・ブンデスリーガのカールスルーエSC×1.FCケルンとの試合。
前半30分にケルンに所属する元トルコ代表のウミト・オザトが試合中に意識を失い、5分間中断。その後、病院に運ばれた。

モロッコのYoussef Belkhouja?





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